感情は大切という話

いきなりですが、少しイメージをしてみてください。


あなたは車を運転しています。右折車が対向車線上で渋滞の切れ目をまっている。
そこであなたは車を止めてゆずってあげようと思いました。


しかし、貴方の1つまえにいる車が譲ってしまいました。あなたはどうおもいますか。

”自分がゆずるつもりだったのに”って思うかもしれませんね。
この時考えるべきは、「目的はなんだったのか」ということです。
目的は、右折車が曲がれれば良い、そのための手段として自分がゆずる、
ということだったのに、自分がゆずれないことに対してむっとしてしまう。


こういう風に感情によって手段と目的が入れ替わることが仕事でも往々にしてあります。
はじめは、「お客様に満足してもらうこと」が目的だったはずなのに、
”自分がやるタスクを同僚にとられてしまった。”
”他人に聞くのは癪だから、クオリティが多少低くても自分だけでやりとげる”
”皆の前で発表するのは恥ずかしいから、大事なことがあっても伝えきれない”
”嫌われるのがいやだから、だれかが犯した間違いを指摘できない。だれかが言ってくれるだろう”
劣等感、虚栄心、羞恥心、etc...
色々な感情が邪魔してしまうことがあります。


ここで大切だと、いいたいのは、感情自体に左右されて行動するのではなく、
人ですから、感情の起伏は絶対に起こるということを認識し、それと向き合う必要があるということです。


イヤなとき、うれしいとき、なぜそう感じるか。利己的で間違った感情を抱いていないか。
あたまの中で考えて、文章化すればおのずと本来の目的が見えてきます。


論理的な話の上では、感情は無視されがちですが、感情も織り込んでこそ、本当の論理的な考えに発展すると思います。